JR東日本 吾妻線 下り 終電 万座・鹿沢口〜   大     前   
     〃    〃 上り 終電     大     前   〜万座・鹿沢口


2003年12月21日(日)

南浦和  6:27発【450B】北行各駅停車 大宮行大   宮  6:38着
大   宮  6:58発【2521M】下り普通 宇都宮行宇都宮  8:18着
宇都宮  9:13発【329D】下り普通 烏山行烏   山10:02着
烏   山10:39発【332D】上り普通 宝積寺行宝積寺11:20着
宝積寺11:21発【732M】上り普通 宇都宮行宇都宮11:32着
宇都宮11:38発【839M】下り普通 日光行日   光12:20着
日   光12:28発【844M】上り普通 宇都宮行宇都宮13:08着
東武宇都宮13:56発【432】上り普通 栃木行栃   木14:32着
栃   木14:37発【458M】上り普通 高崎行高   崎16:18着
高   崎16:40発【543M】下り普通 大前行大   前18:19着
大   前18:41発【546M】上り普通 高崎行新前橋20:22着
新前橋20:24発【3944M】上り快速アーバン 上野行浦   和21:48着


 終業式と講習の間の、一日だけの休みであったこの日。青春18きっぷで、関東近郊の乗っていない路線を乗り潰す計画を部員の数人と立てた。
 宇都宮線の2521Mから732Mまでは4人の全体行動であったのだが、日光線839Mから3人となり、両毛線の458Mでついに、私が青春18きっぷを使わせてもらっている先輩との2人となった。
 下に、吾妻線に達するまでのあらすじを書いておく。


〜あらすじ〜
 この日、起きたのは5:50頃。南浦和でカミフク市民氏と合流し青春18切符で入場。大宮にて他の2人と合流。珍しく空いている2521Mに乗って、一路宇都宮へ。途中の小金井で臨時快速フェアーウェイの通過待ちをすると言う事でホームに出て休憩。車内に戻るとフェアーウェイの遅れのため、通過待ちをせずに発車するとのこと。後でわかったことだが、どうやらフェアーウェイの車両を使った「快速ムーンライトえちご」が上越線の雪の影響で大幅に遅れており、代替車両を準備していたからだそうだ。この日のフェアーウェイは189系9連で運転されていた。

 それはともかく、宇都宮に着くと、なんと乗るはずだった日光線が今市駅構内で車両故障を起こし、運転を見合わせているという。駅員に聞くと8:40頃発車する見込みという話しだったが、いっこうに列車は来ない。寒いホームで待っているのも何なので、宇都宮線の始発列車を待合室代わりに使わせてもらう。計画がうまくいかない旅行というのはなかなか楽しいもので、時刻表とにらめっこしながら4人で修正計画を考える。とにかく烏山線は行きたいという意見でまとまり、9:13発の烏山行きに乗る事にした。一方日光線の方は、車両が到着したのだが発車する様子はなく、1本運休にして次からダイヤを元に戻すのだろう、という結論に達した。ダイヤが元通りに戻っていれば、烏山から帰ってきてすぐの日光線に飛び乗り、トンボ返しで帰ってくれば何とか元の計画に戻るのである。

 烏山線のキハ40は宇都宮線内を軽快に飛ばし、宝積寺7番ホームから烏山線へ。宝積寺は3本しかホームはないのだが、烏山線が売り物にしている「七福神」の関係で、「7番線」となっているらしい。ちなみにこの烏山線、駅の数は7つで所属する車両は7両であり、「宝積寺」「大金」といういかにも縁起の良さそうな駅まである。

 話しがそれたがともかくこの列車で烏山まで行き、烏山の景色を一望してから次の折り返し列車で戻ってきたのである。そうそう、烏山では発車前に「恋は水色」の曲が流れた。

 宝積寺で見事に同時にホームに滑り込んでくる宇都宮線に乗り換えて宇都宮まで来ると、日光線は予想通り定刻で動いている模様。早速乗り込む。全車ロングシートの107系だ。席には座れそうも無かったのでかぶりつく(運転席の後ろから前を見る事)ことにした。それにしても駅間が長い事長い事。6分・7分は当たり前で9分の連続区間もある。表定速度(キロ数÷所要時間)も60km/hほどで、優等列車並みである。

 日光では折り返しの時間も少ないので駅から出なかった。当然運転士や駅員に怪しい目で見られたが、相手も「どうせ18きっぷだろ」という感じで、お咎めもなかった。
 行きに乗った区間なのでしっかり爆睡して宇都宮に帰って来た。とにかく時間が無いので駅前の餃子店に入り、3人で30個の餃子セットを頼んで速攻たいらげ、13:30には店を出たのであった。味はまぁ・・・それなりであった。

 ここから歩きで東武宇都宮駅へ。ろくな地図もないので感覚でバス通りを歩き、感覚でアーケード付きの商店街を抜けると、池袋でみなれた看板が・・・そう、東武デパートである。ほっとするまもなく急いで切符を買い、乗り込んだ。発車3分前。余裕を持って(?)セーフである。東武おなじみのメロディー「PASSENGER」が3コーラスなり、発車。
遅くて五月蝿い5000系でしばしのJR離れである。

 改装されたばかりの栃木駅で乗り換え。駅は隣接していた。ここからは思い出すのも嫌な両毛線107系(日光線と同じ車両)ロングシートの旅。寝るに寝られず、何をするわけでもなく、退屈な1時間半を経て高崎に到着。
 吾妻線の列車はまだ到着していないので駅の中で弁当を、駅前のコンビニでガムとおにぎりを買ってからホームへ。


 相当長くなってしまったが、ここまでがこの旅のあらすじである。
2003-12-21-01.JPG
キハ40〜烏山線烏山駅〜
2003-12-21-02.JPG
107系〜日光線日光駅〜
2003-12-21-03.JPG
5000系〜東武線栃木駅〜


〜吾妻線下り大前行き〜

 さてさて、ホームに行くとまもなく115系3両が入線。当然だが、席取り合戦の幕開けである。この電車は高崎が終着の折り返し電車なので、まず乗客が降りる。降りきると、最前列の人は開いているドアの前にびしっと立つ。都内の始発駅より厳しい空気である。駅の放送はひっきりなしに「車内の清掃を行います」と放送しているが、みなさんお手の物。そんなことはわかっている。まもなく、清掃のおばさんが並んでいる客のわきから「すいません…」と車内に入っていった。清掃が終わっておばさんが出てくると、はやくも最前列の人の上半身はかなり前に出ている。いまにもいまにも…という感じだ。そして駅の放送で「停車中の電車車内清掃が終わり…」といったその瞬間。並んでいた客が一斉に流れ込む。これには少し不意をつかれた。都内では、「○番線の電車、車内清掃が終了致しましたためご乗車いただけます。」などと言い終わる瞬間が合図の場合が多いからである。
 よってかなり焦ったが、何とか二人分のBOX席窓際を確保。とりあえずはこれである程度の快適さは保証される。今までひたすらロングシートの嵐だったので、115リニューアル車程度のボックスシートでもものすごく快適である。いくら時代の流れとは言え、ローカル線までロングシートなのは勘弁してほしい。かなり疲れますな。

 高崎を無事発車した。新前橋までは若干乗車が多いものの、そこを過ぎると各駅で少しずつ客が降りていき、渋川から吾妻線に入る頃には大半が学生となり、乗車率は座席定員の5〜6割程度になっただろうか。その後も、主に雪の深々と積もった周りに街灯のほとんどない小駅ばかりであるのだが、不思議なほどぱらぱらと人が降りていった。中之条でかなり降りたためここからの乗車率は1ボックスあたり一人くらいになった。

 ところで、ここまで長い時間座ってきたのであるが、やたらシートが熱い。ポシェットの金具はほとんどさわれないほどだ。どうやら運良く一番暖房の効きが良い所に座ってしまったらしい。このままでは低温やけどしそうだったので、先ほど高崎で買った「榛名ポーク弁当」を暖める事にした。資源は有効に活用するべきである(笑)。

 ここからしばらくは再び小駅が続く。途中、「ダムに沈む町」をキャッチフレーズ(なんと大きな観光宣伝用看板まであり。夜間も対応電飾付き♪)にしている川原湯温泉をすぎ、長野原草津口に到着。沿線では中之条と肩を並べる大きな町で、駅前には大きなバスターミナルがあった。ここで大半の乗客は降りて、ローカルムード満点(笑)。次の群馬大津で降りていった最後の学生からは、「こいつらどこまで行くんだよっ」という怪しい目で見られた(笑)。
 車内にはだ〜れもいやしない。いたかも知れないが少なくとも先頭車の我々の席から見える場所に人はいない。この電車は終電ではない。万座・鹿沢口まではまだ「終電一本前」である。時間は18時。都会ならかなり混雑している時間だ。これだけ人がいないと心地よく、笑いが止まらない(爆)。そうこうしているうちに、万座・鹿沢口駅に到着。特急の終着駅だが、単線ホームの無人駅。名前の通りといえばそれまでだが完全に観光客用の駅であるといえるだろう。

 ここからはついに「終電」の区間。夜で周りはほとんど見えないが、列車が築堤の上の高い所を走っており、しばらくしてわりと長めのトンネルに入ったのはわかった。トンネルを抜けて減速をし始めると大前、あっけない終着である。
 いきなり降りるのも何なので運転士が出てくるまで待ってみた…まぁもちろんこっちを見た瞬間、「ああ…」という顔で何も言わずに言ってしまったのだが(笑)。もし無賃乗車だったらどうするんでしょう?(私達は青春18きっぷですョw)

2003-12-21-04.JPG
大前行き車内
2003-12-21-07.JPG
115系〜吾妻線大前駅〜



〜大前駅にて〜

 さてさて大前駅に到着したわけですが、ドアを開けると、「寒いっ」の一言に尽きるのだ。なんというか…「寒い」というより「痛い」。このままだと写真を撮るのもままならないので、左手にしっかり手袋をはめて右手にカメラを持ってがんばる事にしたw。

 線路やホームは雪で埋もれており、その上ホームの先には一切電灯がないので、線路の終端にあるはずの車止めは見えない…。頼りとなる明かりは車内の明かりだけだ。そこでふと下を見てみると…115系が除雪車代わりの状態にw。スカートで雪を押しのけているんですよ、はい。
 ホームの除雪は最低限しかされていない。そのホームを出口の方向に足早に歩いていく…とにかく寒い。ホームの真ん中より少し出口寄りにある待合室は意外と広く、いすの上に座布団も置かれているなど整備されていた。
 ホームの出口はたった数段の階段で、降りると「大前踏切」の前に出る。駅前にあるのは公衆電話と一件の旅館だけだ。左側にしばらく行くと川を渡る橋があり、その先には嬬恋村の中心地があるという事なのだが、真っ暗であるためまったくわからなかった。

 車内に戻ると…手袋をしていた左手はいいのだが、右手は霜焼け寸前。少しひりひりした。私は雪国には住めないなと、そして、手袋の力は偉大だな、と思った瞬間であったw。

2003-12-21-05.JPG
大前駅ホーム
2003-12-21-06.JPG
除雪車代わり?w
〜吾妻線上り高崎行き〜

 大前から乗車したのは私たち二人の他二人。計4人の乗客に3両編成乗務員2人とはなんたる贅沢であろうかw。そしてほとんど何の前触れもなく、列車は大前を後にしたのである。時刻は18:41。この駅には次の日の朝まで列車は来ない…。
 万座・鹿沢口ではほとんど人は乗ってこなかった。ここで、妙に生暖かくなった「榛名ポーク弁当」を食べた。うーん、まずくはないのだが、どうもこの臭みは好きになれない。クセのある味が苦手な方にはお薦めできませんな。
 しばらくは乗客はゼロに等しく、ボックス席で横になって寝る事も出来たのだがw、長野原草津口ではスキーヤーが数人乗ってきたため、そのまま寝る事はあきらめたw。そして結局行きと同じつまらない道を新前橋まで帰ったのである。退屈だった・・・。


〜その後〜

 新前橋で前橋から来た快速アーバンに乗り換えて、浦和まで帰ってきた。いやぁ…暇で暇で…。熊谷から快速運転になったあのうれしさといったら・・・それはそれはw。
 この日はさすがに疲れたので早めに床についたのですが、なぜかベッドに横になっても揺れているような気がして…w。



初電終電乗車記MENUに戻る


【鉄道館】TOPに戻る